FUJIMI HERMITAGE DIARY |
photo:kisya
小屋作り1
文字どおりの基礎編
富士山の麓、寄生火山小富士が東に尾根を伸ばしながら標高を下げて人里に達す るところに篭坂峠がある。海抜1100メートル。山小屋はその峠からわずか下 にある 屋根裏付きの平屋。小さな小屋だから居住スペースは狭く、物を置く場所もあま りない。丸太小屋には玄関や押し入れなどないのである。本来、靴をはいたまま 室内で生活するような設計になっているから玄関はいらないのである。押し入れ がなければタンスのようなものを置けばよいのだが、そんなスペースもない。屋 根裏の斜めになった三角スペースで、頭をつかえながら、本やら山登りの道具や らなにやらを出しいれしているのである。 ようするに1LDK+屋根裏付き、狭いのである。 物があふれてほとほと困った、ある日。物置を作ろうと思いたった。建てるのな らスチール製の物置などではなく、丸太小屋がいい。小さくても母屋と相性のい いものにしたかった。 時間はなんとかなるが、カネはない。手作りで安くあげる方法はないものか。専 門誌やカタログを集めてみる。たまたま見ていたアウトドア誌によい記事がでて いた。 自宅の裏庭に小さな小屋を作って書斎として使っているという人の体験記だっ た。実際の制作過程も写真つきでこと細かくのっている。 カンタンでーす。という本人のコメントまでついていた。 これ、これ。 数日後、都内の丸太小屋輸入会社を訪ねた。 大きな会社を想像していたら、住宅地の中の小さなオフィスだった。 買いたかったのは、その会社で扱っている丸太小屋のなかでもいちばん小さくて 安いものだった。4坪、8畳くらいのもの。雑誌の記事にでていたものとまった く同じ。 親切な中年のおじさんが応対してくれてその人が社長だった。 安くあげたいので自分で作りたい、と言うと、 「このサイズのものはみなさん自分で作っています。キットですからカンタンで す」 「…そうですか」組み立てを業者に頼むとキット価格の2倍も3倍もかかるのだ という。 「男手が2、3人あれば1日で組みあがりますよ。ぜひ、頑張ってやってみてく ださい」 ハッパをかけられてしまった。 「いまバーゲンですから」 定価50万円のものを40万円でいいという。不景気で売れ行きがよくないよう だ。 ハッパをかけられたうえにまけてくれるというので、即決。 小屋までの運賃も込みだという。フィンランドからシベリア鉄道を使って、さら に横浜まで船で運び、さらにトラックで小屋まで運んでくれるのだ。 配達希望日を告げて、おまけにミニチュアの丸太小屋をお土産にいただてその場 を去る。社長がにこにこと見送りしてくれたのだった。 7月の梅雨明けの土曜日に運んでもらう約束だった。あとひと月。 それまでにやってかおなければならないことがある。基礎工事をすませておくこ とだ。地盤のしっかりしたところなら、コンクリートのブロックでも大丈夫と社 長はいっていた。 しかしこのあたりは火山砂の砂場のような地盤だからしっかりした基礎がほし い。できあがったとたんに傾くようなことがあっては情けない。 布基礎で仕上げたい。布基礎、専門用語だが、一般住宅を建てるときに使われる 普通の基礎だ。コンクリートで建物の外形どおりに深くて厚い基礎を作る。部屋 と部屋の境にも基礎をいれる。 注文したのは4坪のワンルームだから布基礎といっても外形どおりのほぼ正方形 のものでよいわけだ。 山小屋にもどり、例の雑誌をとりだして再読。 なんとかいけそうだ…。 基礎作りは前々から興味があった。近所に建築現場があると遠くから、ホー、あ んな風にするのか、ホー、あーするとこうなるのか、などと眺めていたものだ。 ある日生コンが注がれ、何日かしてまた行ってみると、もうワクが外され,ま新し い基礎が出来上がっている。いかにも頑丈そうな基礎である。再び感心。 さて、こんどは自分でやってみる番だ。さっそく始動。 専門書など手元にないから、例の雑誌だけが頼りである。とはいっても、原理は カンタン、仕上がりの形も分かっているわけだから、そんなに大層なことでもな い。 だいたい以下のような手順を考えて実行した。 まず、敷地予定地に線を引き、基礎部分を掘り起こす。20センチの厚みで70 センチの高さの基礎を作ることにしたので、50センチほどシャベルで掘り起こ した。砂地なので意外とかんたんだった。口の字型の溝ができたのだった。水平 を出すのには、バケツにいれた水とホースを使った。 基礎用の型やワクなどないから、自分で工夫して作ることにする。 コンパネ(厚さ10ミリのベニヤ板)をホームセンターで購入。適当な大きさに 切って口の字型の溝のなかに回の字のように埋め込みクギや角材で固定する。 この型のなかに生コンを流し込むわけだが、コンクリートだけでは弱いので鉄筋 をいれて針金で固定した。 梅雨空のしたで黙々と働くこと2、3日、以上のように鉄筋いりの木枠が完成し たのだった。 地元の生コン屋さんに電話。 何リューベー? 定面積x高さで必要量を計算してあったので、量を告げ来週の土曜日にきてもら うように頼む。ピザでも注文するように生コンを発注することができた。リュー ベーとは立方メートルのことです。 生コン流し込みの当日。前夜からやってきた友人が3人。二日酔いもなんのそ の。朝早くから生コンミキサー車がやってくるのを待ちうける。生コン運搬用の 一輪車が一台。全員手には軍手、シャベルや鉄棒を持つ。鉄棒は流し込んだコン クリートを均一にする突っつき棒である。エンジンの音も高らかに、ミキサー車 がやってきた。 おじさんがニコニコと窓から顔をだして、巧みに建築現場にバックで横つけす る。 ベテランらしい。 現場と僕らの格好をみて、おじさんが言う。 「一輪車よりも樋のほうがいいな」 余ったコンパネで長めの樋を急遽制作。この樋をミキサー車の生コン出口に接続 して木枠まで誘導するのである。そういう方法があるとは知らなかった。専門家 の知恵は深いのである。 ミキサーが廻り、流出口が開かれ生コンが流れ出す。 樋の上に流れ出てきた生コンをシャベルででかき出し木枠に落としこむ。鉄棒で つんつくと突く。忙しいが面白い。 そのうち何個所か木枠がビヤ樽のようにふくらんできた。生コンのおじさんが 「パンクするとたいへんだぞ。そのへんの棒で支えてくれ」 生コンはとても重いものなのである。くぎで作ったコンパネの木枠など容易に破 壊してしまうのだ、ということをこのとき初めて知る。あわてて全員が支え棒部 隊に変身して、あちこちにつっかえ棒を仕掛ける。 なんとかパンクは避けられた。木枠は一杯になってはちきれんばかり。 「まだ残っているよ」というので 余った生コンは小屋の前にすべて流す。これは入り口部分のタタキになる予定 だ。 大汗とヒヤ汗の大仕事だったが、時間にしてみれば2時間もたってはいなかっ た。 生コンおじさんは、仕事が終わると、車に備えつきのシャワーで車や道具を洗っ てから、くわえタバコで悠々と去っていった。 昼飯どきの会話。 「やれやれ」 「パンクしたらどうなっていたかな」 「溝に全部流れ込むからもっと厚い丈夫な基礎ができたかも」 「だけど高さがないから地面すれすれの基礎というわけだね」 この日の経験で、僕と友人たちは、これからいつでも、ピザを頼むように生コン を注文して、どんな場所であろうとコンクリートで地面を固めることができる、 というノウハウを獲得したのである。
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