FOUR SEASONS IN THE WOODS GALLARY SERIES home
IN THE WOODS<山に登る。自然にひたる>
世界一の巨木、シャーマン・ツリー
松倉一夫(作家)
針葉樹の深い緑の森に、赤茶けた、とてつ
もなく太い丸太ん棒が、地からニョキニョキ
と生えていた。世界一の巨木、ジャイアント
・セコイアに出会った最初の印象だ。サンフ
ランシスコから車で約6時間、シエラネバダ
山脈の懐にこの森はある。1890年にセコ
イア国立公園として指定され、以来、巨木の
保護がなされてきた。
平均寿命3000年といわれるジャイアン
ト・セコイアは、いまから1億年前、地球上
の樹木がずっと大きかったころの巨木群の最
後の生き残りだといわれている。なかでも1
879年にJ・ウォルバートンによって発見
された「ザ・ジェネラル・シャーマン・ツリ
ー」は世界最大の生物といわれ、他を圧倒す
る。根株直径11.1m、樹高83.3m、幹の重さ
推定1385トンの巨体は、まさに太古の姿
を思わせる。シャーマンという名もいかにも
神が宿る木といった感じだ。ただ、この名は
シャーマン将軍にちなんで付けられたもので、
呪術師のシャーマンとは関係がない。
大きさにもまして驚かされるのは樹齢だ。
堆定2300~2700年、古代エジプト末
期の第23王朝(能元前818~715年)の
ころに発芽したことになる。世界各地で大き
な転機を迎えようというころだ。日本は縄文
末期、ギリシャではアテネ・アクロポリスの
古代建築が栄華を誇っていた。
長い年月を経たジャイアント・セコイアは、
一様に独特の樹形を示しはじめる。幹がどん
どん太くなっていく一方で、枝は細いままだ。
といっても直径は約2mあり、日本では十分
に巨木といえる。幹の太さは根元から樹冠間
際まであまり変わらない。幼児の絵に出てき
そうなユーモラスな姿だ。細い枝は左右に開
いた腕を直角に折り曲げたように天に向かっ
て伸びている。あれほどの樹高があれば、他
の木に邪魔されることもないだろうに、それ
でも少しでも太陽に近づこうとしている。
また、ある程度の大きさになると、少なか
らず、どこかしら樹皮を焦がしている。これ
までに幾多の山火事を経験してきているのだ。
身を焦がしながらも生き続けられたのは、彼
らの厚く強い樹皮による。厚さ約60cmになる
樹皮はたくさんのタンニンを含んでおり、内
部まで火を通さないのだ。ジャイアントセコ
イアにとって、山火事はむしろ歓迎すべきも
のだ。他の樹種の燃えかすによって有機肥料
でき、害虫や腐朽菌がいなくなる。
山火事で焼け野原になったあとは子孫を残
すチャンスでもある。ジャイアントセコイア
の松かさは火を受けたときに初めて開く。他
の邪魔者がいなくなったところで、固く閉じ
ていた松かさの中の種を大地へとこぼす。
こうしてみてくると、この世界最大の巨木
は、世界一、幸運続きの人生を送ってきたと
もいえる。雷に打たれず、身を焼きつくして
しまうほどの大火にも見舞われず、そして、
人間に切られることもなかったわけだから。
今後どれくらい生きつづけるのだろうか?
200年、300年、もっともっと生きるか
もしれない。ただ、いくら国立公園として保
護されても安心はできない。これからの一番
の敵は人間なのだ。一目見ようと集まってく
る人々により、根元が踏み固められると木は
弱っていく。ジャイアント・セコイアの根は
浅く広く張っているため、踏圧に弱いのだ。
いまは、それを防ぐためにシャーマンツリー
の回りを木の柵がぐるりと囲んでいる。しか
し、人々は彼に触れようと柵を乗り越え走り
寄る。
森には所々、根こそぎ倒れた巨木がある。
この木もいずれ、長い歴史にピリオドを打つ
ときがやってくる。寿命を全うさせてあげる
には、離れた位置からそっと見守るのがいい
のかもしれない。
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