IN THE WOODS

moss & flower

レインフォレストの森、オリンピック国立公園を行く

 4月下旬、私はテレマークスキー仲間の真壁さんとともに、オリンピック国立公園へ
 とやってきた。シアトルの西、オリンピック半島に広がるここは1981年にユネス
 コの世界遺産にも登録されており、アメリカでも人気のある国立公園のひとつだ。標
 高2428mのマウント・オリンパスから熱帯雨林を思わすレインフォレストの森、
 そして太平洋に面した海岸地域と変化に富んだ景観が多くの者を魅了する。
 今回のいちばんの目的はレインフォレストの森をめぐることだ。山麓の港町、ポー
ト・エンジェルスから国立公園へと車を走らせる。樹林帯へと入っていくと、道脇の
林床にはときどきポッ、ポッとまるで火がともるように鮮やかな黄色が目に飛び込ん
でくる。湿地帯や沢沿いの縁に生育するスカンク・キャベッジだ。4月中旬から5月
はじめ、ワシントン州では山麓の湿地に当たり前のように群生し、春の山麓に彩りを
添えている。姿形は日本の水芭蕉にそっくりだが、苞(花弁のような部分)の色が違
う。苞に日が射し込むと、黄色の蛍光ペンのような色合いとなり美しい。
 山間へと標高が上がり、国立公園のゲートが近づくに連れ、徐々に道脇の木に付着
する苔の量が増えてくる。車道上へと大きく伸びる枝からは50cm以上も垂れ下がる苔
も見られる。いよいよレインフォレストの森へと入ってきたことを実感する。
 苔のトンネルを抜け、しばらくでホー・レインフォレスト・ビジターセンターの駐
車場に到着する。シーズンオフの平日、しかも朝9時、人の気配はない。霧雨がしっ
とりとあたりを濡らしている。まずはビジターセンターに足を運ぶ。案内によれば、
このレインフォレストは年間3700mmもの多量の雨によって育まれる。海からの湿っ
た空気が森の木々をより早く生長させるそうだ。館内にはホー・レインフォレストと
標高1500mのハリケーンリッジのスプルースの年輪が展示してあるが、ここのス
プルースが2~3倍も成長が早いことがよく分かる。
 ビジターセンターを出ると、小雨が降るなか、ホール・オブ・モス(苔の殿堂)の
ショート・トレイルへと向かう。一周1.2キロほどのこの遊歩道はホー・レインフォ
レストのまさにハイライト部分を歩くコースだ。 小さな湧き水のクリークを渡って、
よく整備された遊歩道を進む。道脇にはサーモンベリーの赤紫の花がたくさん咲いて
いる。夏になるとオレンジ色のキイチゴをつけ、口に含むと甘くて美味しい。足下に
はさまざまなシダや苔が絨毯のように覆い、ところどころニリンソウのような白い花
も見られる。
 あたり一帯が緑のグラデーションに彩られたような遊歩道をしばらく行くと、ガイ
ドブックなどで見ていた全身苔だらけの木が姿を現す。苔に混じり、シダ類も着生し
ている。枝は苔の重みで弧を描くように枝先を下へと垂れ下げ、子どもの頃、アメリ
カの古いアニメで見た、深夜動き出す木のお化けそのままの姿だ。 苔の付着量がと
くに多いのはビッグリーフ・メープルだそうで、よく見ると苔の隙間から伸びた小枝
の先に小さなカエデ型の葉が芽吹いている。スプルースなどの針葉樹は広葉樹ほど苔
の付きは多くないが、真横に伸びるたくさんの枝からサルオガセなどがレースのカー
テンのようにうっすらとぶらさがっている。光が射すとグリーンのベールがかかった
ように綺麗だ。
 また、これらの針葉樹は日本の屋久杉やシラビソやコメツガなどのように倒木更新
や切株更新で木が育つ。多くの巨木が倒木の上に並ぶように幹を伸ばし、根が切り株
を包み込んで大地に這っている。ちなみに倒木更新をこちらではナース・ログ(看護
婦の丸太)と紹介していた。
 ホール・オブ・モス・トレイルのあとは2kmほどのスプルース・トレイルを歩いた。
こちらはスプルースやヘムロックなどの針葉樹が中心だ。枯れた木にはサルノコシカ
ケが多い。途中、針葉樹が倒れ開かれたエリアにはアスペン系の樹木が多く見られ、
日本同様、こちらも台風跡や伐採跡には白樺などの陽樹がいち早く成長をはじめるの
が分かる。
 涸れ沢に沿って歩いていると、途中、コロラド・ブラック・テイルド・ディアのつ
がいが姿を現す。体長は1m50cmほどの小さな鹿だ。逃げていく際、その名の通り、
黒い尻尾がよく目立つ。リスが我々の姿を見つけ、素早く幹の裏側へと逃げ隠れる。
名も知らぬ鳥がサッと飛び立った。緑豊かなレインフォレストは、多くの動物たちが
生きる太古の森の姿を今も残していた。  (松倉一夫)
 

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