IN THE WOODS

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富士山のスキー

富士山には何度も登っている。日本一高い山のてっぺんに立つのは
いつでも気持ちのいいことである。
12月、冬山登山の訓練で佐藤小屋から歩き出して、8合目で一泊、頂上にたったこと
もある。春は5月、スキーを担いで登った。雪のない時期は何度も。夏休みの最盛期に
長蛇の列に交わって頂上を目ざしたこともあったなあ。その時は夜中だというのに登り
ルートが大渋滞になっていて、とぼとぼ歩く内に睡魔に襲われ道を外れた薮のなかで
ビバークとなったことを覚えている。それでも翌朝ピークに達し、雲海から上がるご来光
をみたときの感動は忘れられない。
どうして、なんども富士山の登るのか,というと、日本一の山に季節ごとに訪れてみたい
という気持ちがまずあるのだけれども、それ以外にもトレーニングのため,
という理由もあるのです。日本最高峰のこの山は、頂きに至り、そこに滞在する(テント
をもっていって1日2日過ごす)ことで、登山用語でいうところの高所順応が可能になる
のである。
4000メートル以上の山(当然外国の山ということになる)に行こうというのなら、事前に
富士山に登っておくと、現地での登山活動がたいへんスムースになる、という定説があ
って、そのために富士山を目指すひとは多いのである。
実際、私もヒマラヤやアルプスの登山に行く時には必ず1週間ほどまえにこの山の登る
ようにしている。ある夏、スイスへ飛び、グリンデルワルト村に到着。翌日いきなり400
0メートルの山に登ったことがあったが、それは富士山の霊験があらたかだったからだ
と思っている。
チベット旅行に行く前にもここでメンバーが集まって高所順応をしたことがあった。ラサ
市に入ったその夜、みんなでビールで乾杯していたら、案内の人が、こんなすごい人た
ちは初めてだと驚いていた。ラサ市は3800メートルほどの高地にあるから、旅行者は
普通頭痛薬をポケットにしのばせおそるおそる飛行機から降り立つのである。人によっ
てはいきなり高山病のなってしまうこともあって、そんなときは戻りの便で退去すること
になるもの珍しくない。ガイドブックにも到着早々の飲酒は厳禁と書かれている。それ
が、いきなりわれわれがビールパーティを始めたから、驚かれたわけだ。このときも勝
因は事前の富士山登山であった。
おっと、富士山に登らなければならない。5月第3週、ズミの木の花が満開の日。望遠
鏡で富士吉田の登山ルートをのぞくと、いるわいるわ、登山者が列をなして頂上を目ざ
しているのが見える。昼過ぎになると頂上から吉田大沢の大雪渓をびゅんびゅんと滑り
くだるスキーヤーが望遠鏡の視野のなかに入ってきた。シュプールやまきあげる雪煙
まではっきりと見える。コーフンした。
こんな風にして遠くから眺めるのは初めてだったのである。思い切って野鳥観察用のフ
ィールドスコープを買ってよかった、と満足感にひったてはいたが、それと同時に、なん
とか雪が消えないうちに私も頂上から滑ってみたい、という気持ちがもくもくと湧いてい
たのである。
来週末はひとりでも登ろう、と誓ったのだが、うまいことに亀吉さんから電話があって、
次の土曜日いっしょに行こうということになった。
5月第四週の土曜日。天気はまずまず。眺める富士山は、先週にくらべると雪のスカー
トがずいぶん短くなっている。
朝6時過ぎに小屋をでた。車でスバルラインをあがり5合目の駐車場に達し装備を整え
る。周囲には同じく富士山を目指す人たちが数十人はいるように見受けられる。スキー
やスノーボードを背負っているひとも多い。
風がとても強く、朝いちばんの心意気はかなり崩れてはいるが、行ける所まで行こうと、
周囲のみなさんと歩調を合わせて歩きはじめる。周囲の老若男女にこの強風にめげる
気配は感じられない。中には牛歩にがまんできずハイペースでわれわれを追い抜いて
行くひともいる。経験から、この山はとにかくゆっくり登るのが必勝法、と信じているから、
あくまでゆっくり登る。亀吉さんもベテランだから挑発にのるようなことはない。マイペー
スで登っていく。無念無想の数時間がすぎ行程半ば、頂きも間近に望めるようになって
きた。幸い風は収まる気配こそないが、これ以上激しくなることもない。日も差してきて
けっこうな登頂日和になってきたようだ。
道端にテントが転がっていて、その先のやぶの中に寝袋が転がっている。今日の風に
飛ばされたものとみえる。下りの時にピックアップできるように雪渓のわきに移動、目に
つきやすいところに置いておく。
おおよそ1万歩ほど歩いたころに頂上直下にたっする。
ぼくは退屈な登りが続く時はなんとなく歩数を数えながら登るくせがあるから、一万歩
などと具体的なことが言えるのです。富士吉田口、別名河口湖コースは5合目駐車場
が標高2300メートル、頂上外輪山が3600メートルだから、標高差1300メートル、大
人の足で1万歩です。頂上直下の鳥居をくぐるころには10歩登っては休み、また10歩、
と情け無い状態になるのだが、周囲を見渡せばみなさんも同じような状態なのである。
富士山登山はいつでもほんとうに辛いとつくづく思う。とにかくトレーニングのできる山
なのです。朝方、勢い良く歩きだしていた若者たちも、結局、われわれの前後を休み休
み登っていて大差なし。
わたしの信じる富士山登山のコツは外れていないな、とひとりかってに思うのであった。
頂上には12時45分に着いた。5時間かかったわけである。
年々時間がかかるようになっている気がするのだが、自分の年を考えると、それも致し
方なしか。
頂上でお茶を飲んだり、展望を楽しんだりして1時間ほどすごす。風はときどき強く吹く
のだが、休む場所をよく選べば、風の通り道の死角があって、そこなら日差しをあびる
とぽかぽかしてくるのである。春霞で全体にもうろうとしてはいるけれど展望は悪くない。
薄着をした白人の青年が登ってきてデジカメを亀吉さんに差し出して写真をとってくれと
言っている。何カットかとってあげると、頭をさげてから、さっさと下っていてしまった。外
人登山客の多い山でもある。
2時前にスキーをつけて吉田大沢を下り始める。頂上にいた他のスキーヤーやスノー
ボーダーたちも三々五々腰をあげて、滑降体勢に入ったから、大沢はにぎやかになっ
た。
富士山は遠くからみるとのっぺらぼうに見えるが、その現場にいると山あり谷あり岩壁
ありと起伏と表情に飛んでいる。吉田大沢というのは大きい。その幅は300メートルは
あるだろうか。残雪の時季には幅300メートル、斜度30度の巨大な滑り台が2、3キロ
にわたって出現するのである。日本一大きいスキーゲレンデかもしれない。
みなさん思い思いのシュプールで下っていく。陽気がよいので雪質はざらめで快適であ
る。転倒しても滑落する心配はないからみんな楽しそうに滑っている。いっきに行ってし
まうひともいれば少しずつ高度を下げているひともいる。なにしろ一時間の登った分が
スキーなら2分もかからないのだから、普通の人なら、もったいない、という感情が湧い
てあたりまえなのである。巨大な吉田大沢の滑り台をスキーヤーやボーダーが豆粒の
ように転がっていくのを見るのは痛快でもある。
亀吉さんは愛用のカメラをとりだして撮影に余念がない。途中、登りに拾った寝袋を回
収する。
雪渓の終わりは2500メートルくらいだった。1100メートルの高度を子供がチョコレー
トをかじるように大切にすべって、結局1時間かかった。火山砂混じりのガラ場をくだり、
さらに小1時間歩いて駐車場に戻った。
顔が思った以上に灼けていて、髪の毛には砂が交ざり、耳の穴などはざらざらで、今日
の富士山の気象状況を忠実に反映したわれわれの風貌であった。


余談だが富士山では拾いものが多い。3月にスキーにいったときは新品のピッケルを
拾った。6月にトレーニングに行った時はお金と外人登録証のはいった財布をひろった。
ピッケルはだれが落としたものか、遭難者のもので無ければよいのだが。財布は警察
に届けたが、数ヶ月たっったころ在日のアメリカ人から、野球帽やチョコレートなどアメリ
カングッズがいっぱい入った段ボールが送られてきたのには驚いた。今回収容した寝
袋はどこからか連絡があるだろうか。
(後日談 寝袋は一月ほどまえ9合目から滑落死した遭難者のものと判明した)


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