AT WILLIAMSON ROCK
ウィリアムソンロックの一日
ALMOST ALLRIGHIT SUNDAY
徳地泰彦 クロスカントリーをやっているという小柄な金髪の女の子はクライミングは初めてのよう だったけど、けっこうしぶとくルートをフィニッシュしてしまった。もちろん、「手がも うダメだー」とか「もうおちるー」などと悲鳴は発生した。日本から来たカヤック国体選 手のRちゃんは細身なので何の問題もなし。現在、彼女はアメリカ放浪中だ。自分のクラ イミングシューズも持ってきたけれど穴が開いてしまったという。男性陣よりブカブカの 靴を借りての挑戦だ。カリフォルニアクライミングをすでに何回も経験しているMさんと Iさんがリードをしてトップロープをセットしてきたのだ。 今日はこの他にもフリーランスライターのHさん、この仕事は僕があこがれる職業のひと つだ。もっとも、書けて売れて、メシが食えればの話だ。それと日本語がじょうずなアメ リカ人のJくんとそのその彼女。Jくんの友達のSくんもいっしょだ。彼等はけっこうク ライミングにのめり込んでいる。総勢9人が寄り集まってワイワイガヤガヤのクライミン グ。LAを中心に南、北、東からでそれぞれ車で同じくらいの距離で集まることができて、 初心者も楽しめる場所ということで、このウイリアムソン・ロックと話が決まった。 ウイリアムソンロックは最近開拓された南カリフォルニアの代表的なスポーツクライミン グエリアだ。標高2000メートルをこえる山岳地帯にあるので暑い夏の間でも快適なク ライミングができる。タークイッツも夏の岩場として南カリフォルニアでは有名だけれど、 伝統的なナチュプロのルートばかりなので、近頃ではウイリアムソンロックに多くのクラ イマーが集まる。20メートルから30メートルのルートがほとんどだが、中にはマルチ ピッチのルートもある。150以上のルートがあり、そのほとんどがスポーツルートだ。 5.5から5.13くらいまでどんなレベルの人でも楽しめ、どれもがみんな満足度の高いル ートのようだ。 アメリカでも屋内ジムなどでクライミングを始める人が多くなり、スポーツルートのある 岩場の人気が高まってきている。日本のような山岳会制度はないので、初めにお金を払っ てレッスンを受けて、あとは自分たちでかってにクライミングを楽しむ人達がほとんどだ。 家族連れ、夫婦連れ、恋人同士、グイ・カップルなんかがテニスをするように気軽にクラ イミングを始める。ウイリアムソンロックあたりの5.6とか5.7の初心者ルートでは腕に 自信のある者がリードをして、トップロープをセットしてくる。ジムなどで5.9くらいは 経験しているから、ボルトで保護されたスポーツルートなら墜ちて怪我をするようなこと はまずない。ナッツやフレンズだけで登れそうなルートにもちゃんとボルトが打ってある ので初心者でもリードできる。「オポジションだ。イーコライズだ」などと、いろいろ考 える必要もない。しっかり埋め込まれたボルトにアンカーをとって、あとの人達は安心し てトップロープで挑戦するのだ。 トップロープなんてクライミングじゃないと信じこんでいた時期が確かにあった。砂漠の 岩峰をトップで登っているはずのクリント・イーストウッドのロープがなぜ上から垂れて いたあの映画のように、子供だましで、冒険性に欠けている気がしたからだ。ところが、 時代はスポーツクライミングへと移り、コントロールされた条件のもとで、ムーブだけに 専念するクライミングが広まった。伝統的なクライミングのおもしろさを台無しにしてし まったようなところがあるけれど、安全性に対する技術や道具が飛躍的に向上した。以前 よりもっと多くの人達が気軽にクライミングを楽しめるようになったのはスポーツクライ ミング発展のおかげだ。きびしい理論もあまり聞かないようになったし、もちろんトップ ロープのスタイルもここカリフォルニアではしっかりと定着している。ジムではトップロ ープを楽しむ人がほとんどだし、自然の岩場でもトップロープ専用のところがあるくらい だ。 今日は多人数で初心者からベテランまで様々だ。トップロープを張ったところは、ウイリ アムソンロックでも5.10以下のルートが集中するストリームウォールというエリアだ。 春先の雨の多い頃には足元に水が流れるほどが、今の時期は快適な砂地になっている。左 側の壁にはボルト5本ほどの比較的短いルートが集中しているが、右側の壁には30メー トルほどの5.9の長いルートが3本ほどある。どちらの壁もけっこう立っているのでグレ イドが低くても登りがいがある。左のルートから順番にリードしてトップロープを張った。 僕らが下でおしゃべりをしている間に、全員が4、5本は登ってしまった。ライターのH さんなんかは前日もサンタバーバラ近郊でクライミングしてきたので、「今日はもういい です」などとすっかり満足してしまっている。 気がつくと、みんが陽だまりに座り込んで、国体選手のRちゃんがリンゴ狩りで、もいで きた新鮮なリンゴとか、スーパーで買ってきたアメリカの駄菓子なんかをかじりながら日 米交流のひとときとなってしまった。日本にしばらく住んだことのあるJくんはもちろん、 他の3人の若いアメリカ人の仲間も日本語が少しわかる。彼等は国際関係学とか国際経済 学なんかを専攻している学生で、日本語のクラスもとったことがあるからだ。英語と日本 語がゴチャ混ぜのおしゃべりになっている。クライミングは世界共通なので初対面の外国 人でもうちとけるのに時間はいらない。特に今日みたいに、多人数がひとところで楽しめ る場所ではクライミングよりおしゃべりの方がメインイベントになってしまう。そのうち に「じゃあ、そろそろ」という雰囲気になってきた。今日はこの後、食料品を買い込んで ジョシュア・ツリーまで行くことになっているからだ。そんなアブない気配を感じた僕と Mさんは、右側の5.9の長いルートを登らずには立ち去れないと、コソコソとロープやギ アを集めて反対側の岩かげへと移動していったのだ。 最後のルートも快適に登り終えて、「さあ、ジョシュア・ツリーだ」などといって駐車場 まで戻ってみると、ちょっとめんどうなことが起きていた。車のフロントガラスのワイパ ーに白い紙切れがはさまっているので、よくある広告のチラシだろうと思った。丸めて捨 ててやろうと手に取ると、それは何とレインジャーからの警告書だった。どうやら駐車料 金5ドルを払わなければならなかったようだ。駐車場には料金を知らすそんな表示はどこ にも見当たらない。とりあえずビジターセンターまで行って文句をいってやろうというこ とになった。心配になったHさんもいっしょだ。 ビジターセンターにいたレインジャーはウイリアムソンロックはアンジェルス国有林内に あるにで5ドルのアドベンチャーパスを買ってくれたという。キャンプもしてないのにア メリカの国有林で金を取られたことはないというと、6月から試験的に始めている新制度 だとのことだ。有料の表示も入り口にちゃんと出してあるという。駐車料金ではなく国有 林のレクリエーション管理費のようだ。利用者が増えているにもかかわらず予算が大幅に 削減されたための対策だ。集められたお金はいったん連邦政府の会計に入り、少なくとも その8割が徴収された国有林に還元されるとのことだ。警告書をそのまま丸めて捨てちゃ ったりすると、連邦政府に記録が移り100ドル以上の罰金、裁判所から呼び出しもくる。 海外からの旅行者でも、空港にある入国管理局のコンピュータに載ってしまうので、次の 機会に入国できないなんて事になる。「めんどくさいなあ」などと思っていたら、Hさん はもう5ドルをレインジャーにわたそうとしていた。結局、車2台分10ドルの献金とな り、2人分の警告書と購入したアドベンチャーパスを僕がまとめて営林署へ郵送すること になった。ビジターセンターでは警告書の処理は行なわないためだ。信用がないせいか、 Hさんからは「ちゃんと送っといてくださいよ」と心配そうに念を押された。5ドルが安 いが高いかはまだ分からないけど、ともかく問題は解決して、僕らの車はジョシュア・ツ リーへ向って快適に山道を下っていったのだ。
BACK TO "Beyond Risk" PAGE(寄稿とお便りページの目次へ)
BACK TO TOP PAGE