ALMOST ALLRIGHT SUNDAY

まいいか、の週末


ALMOST ALLRIGHIT SUNDAY
 

11月は天気のよい日が多いようだ。連日好転が続いている。木曜日に忠さ
んからのEメイルが入る。明日は小川山にいくという。新しいルートが作れ
そうなのででボルトを打ちにいきたいという。暇ならいっしょに、という行
間のメッセージが読める。 金曜日の平日、自営業の忠さんとちがいこちら
は暇なわけはないけれど、デスクの窓から澄んだ青い空をみていると、信州
の秋空がマブタに浮かんでくる。
 やりくり算段の電話を数本してから、パソコンにむかい、明朝ムカエタノ
ムと返信する。仕事はのばせるけれど、天気はいつまでも続くわけではない。

 高速道路はすいていて、小川山の駐車場もがらがら。
「クライミングは平日にかぎるね」と愛用の十数万円で買ったシビックから
クライミング用具をとりだしながら忠さん。
あたりは、この間までキャンパーとクライマーで
大混雑していたのだが、いまは夢のような静かさだ。雲ひとつない青空にあ
たりの岩峰が白い肌を浮き立たせている。オートキャンパーという新人種
は、蚊やトンボとともに去り、クライマーは日だまりのエリアに移動したら
しい。
 忠さんは遊び着が似合う人だ。良く使いこんだジーンズに山でも街でも使
えそうなアウトドアブランドのジャンパー、煮染めたようなキャップがアジ
をだしている。クライマーらしい中肉中背、マラソンも早いらしい。読書好
き、映画すき、音楽好き、クライミングの知識も抱負、つまり十分、知識と
体験をもった、もうけして若いとはいえない世代のひと。
 
 日向は暖かいが、霜がおりていて日陰は0度くらいか。この近くの川端下
村は日本で一番寒い村のひとつという定評がある。車のわきから、ボルトを
打つ予定の新ルートを眺めるとまだ黒い陰のなか。昼前まで日があたる様子
はない。
「日が当たるまでどこか暖かそうなところで登ろう」
忠さんと、ロープ一本もって、近場の左岩スラブエリアへむかう。乾いた冷
たい空気が鼻の穴にはいりくしゃみがでる。しばらく雨がふっていないから
ホコリっぽくもある。
 そのぶん岩場は乾いていて登るには絶好だった。左岩スラブは午前中は日
当りがいい。「ジャーマンスープレックス」にトライ。最近、ビデオで、こ
こをクライミングの名人が登るのをみた。直登ラインをのぼっていた。1本
めのボルトまではどこでも登りやすい所を登ればよいというのがよくあるル
ートの設定なのだが、ここの場合、初めて登ったひとはこの直登ラインをと
ったのかもしれない。すこし右側からまわりこんで、フレークをつかむと楽
なのだが。
「いいんだよ、どこでも」と乱暴に思う。どこそこは使ってはけないという
限定のあるルートは煩わしくてつまらない。
 それでも直登をこころみる。よっこらしょ、と1本目のボルト下まで真直
ぐ登り、プロテクションをとりひと安心。やっぱりこのラインがいいかな、
と素直な気持ちになる。オリジナルラインは尊重しなくちゃね。上部の核心
部もあっさりこえて、なんだか、今日は調子がよいみたいだ。
 忠さんの「さすがにうまいなー」といういつもの上手なおだてのせいもあ
るかもしれない。そのあと本人もあっさりと登っているのだが。
 
 気持ちがおおきくなってきた。となりの「悲運のエジソン」にとりつく。
グレード12だという。いままでそんなグレードに触ったこともない。気持ち
がおおきくなっているのと、ぼくらだけで、ほかにうるさい外野がいないせ
いかもしれない。
 が、登れるというような代物ではなかった。つるつるで手がかり足掛りは
どこにも見えない(ぼくには)。ぬんちゃくをつかんで、ボルトをステップ
にしてともかく抜ける。
大きくなった気持ちが元にもどる。12だから、まいいか。
  
 忠さんはちょと先の、「雨がやんだら」、をやってみたいという。何度も
トライしているけれど、
「すっきりのぼれたことがない」というルートだ。
1本目のボルトをクリップするのが「悪い」。2本目のボルトにクリップす
るのは「もっと悪い」。クリップし損なうと地面まで墜落するというパター
ンの、あまり触りたくないルートのひとつだ。グレードは11で、細かいホ
ールドで垂直の壁をのぼらなければならない。
上にいくほどもっと難しくなるという、タチのわるいルートだ。2本目まで
無事クリップしてひと安心。見ているといまいち忠さんの動きがさえない。
あれかこれかと上部のホールドを探っているがガバもカチもなさそうだ。と
、突然、上部のガバらしきものに飛びつく(ランジ)。が、手がはずれ墜落
。ビレイするぼくも前に引っぱられる。
 もう一度同じことをやって、『ダメだ。あきらめる』憮然として忠さんがいう
。器用にロープとシュリンゲを使って、2本のヌンチャクを回収しながら降
りてくる。クライミングルートで中途敗退するときは、安全に、しかも貴重
なギアを残さずに降りてこなければならない。何度も経験したことらしく、
そのやり方はムダがない。

 タチの悪いルートだから、いいんじゃないの。とぼくが慰める。無理しな
くていいんだよ、クライミングは、と、いつもの敗退時の持論を吐いていっ
たん車に戻るわれわれだった。
 途中、たしかそのルートはぼくも以前トライしたことがあって、あまりい
い思いでをもっていないことを思いだした。

 忠さんが目をつけた新ルートというのは、小川山では有名なクライミング
エリアのなかにある。人気集中エリアなのでシーズンには混雑もはなはだし
い。もっとルートがあればみんなに喜ばれるところだ。このあたりを開拓し
た人には話しを通したという。そいう仁義も必要らしい。

 15分ほど歩き、ようやく日が当たり始めた現場にたってみる。なるほど、
右と左のルートの間に、確かに一本ルートが作れそうだ。忠さんは前の週に
トップロープでここを試登しているという。ボルトの位置もマークしてある。

 「ひとりで大丈夫」と忠さんがいうので、ぼくは友達に頼まれていた近く
のルートにボルトを一本打ちにいく。そこは、ルート上でナッツをつかわな
ければならないところがあり、それが効きにくく危ないという評判のルート。
いっそボルトにしてしまおうとその友達が考え、僕に、ボルトを託したのだ
った。ルートの上部にまわりこみ、懸垂下降でくだり、問題の箇所にだどり
つく。宙ぶらりん状態で、ボルトを埋め込む穴をドリルとハンマーであける
のだが、思ったよりも岩が固くなかなかはかどらない。ハンマーが軽いのも
悪いのだ。

 今時分、ルートを作るひとはみんな野外でも使える充電式の電動ハンマー
ドリルをもっていてそれでさっさと穴をあけボルトをうちこむのだが、われ
われにはそんなものはない。日当りのよい壁にぶらさがってカーンカーンと
ハンマーを使っていると汗ばんでくるほどだ。10分もあればすむはずの穴
あけ作業に30分もかけようやくちょうどよい深さの穴があく。
ボルトをおもむろに差し込んでハンマーでたたくが、うまく決まらない。ボ
ルトの先が拡張しないのだ。30分の必死の穴開け作業で穴が大きくなって
しまい、少しばかりのボルトの拡張ではボルトが固定されないらしいのだ。
 あきらめて、ユマールで登りかえす。1時間以上かけて、岩場に役にもた
たない穴をあけ自然破壊をしただけだったというわけだ。

 
 新ルート開拓の現場に戻ると、忠さんが作業の真っ最中。新ルートは8本
のボルトを打たなければならないのだが、いま一番上の終了点ができあがっ
たところだという。まず始めに終了点を作った、ということらしい。意外と
時間がかかるものだ。もう日が傾きはじめた。のこりの7本のボルトは近い
うちに打たなければならない。雪が来る前に。
 ボルト打ちは大変な作業だ、とあらためて思う。電動のハンマードリルが
ほしい。

 未完成のルートを見上げていた忠さんが「登ってみてくれ」とぼくにロー
プの先を渡す。ぼくはホイホイとそれを受けてトップロープで登る。トップ
ロープなら途中にボルトがある必要はない。
 ボルト予定位置が黄色いチョークでマーキングされている。それに従って
登る。ルートはほどよく難しく、快適で、難度が持続するよいルートのよう
だ。終了点まで登り、ロワーダウンでスタート地点まで降りてくると、もう
そこは日が陰っていた。汗ばむ体とはべつにあたりの空気はすっかり冷え込
んでいる。
忠さんが聞く。「10A?10B?」
ぼくは「10Bだね」と思ったとおり言う。
「ルートの名前ももう考えてあるんだ」と忠さん。
誰に頼まれたわけでもないのに、国事に奔走する人を志士というのだと聞い
たことがある。維新の志士がそうだ。
クライミングの世界では、ルートを開拓するひとがそれに当たるかもしれな
い。
忠さんが言う。
「今日は、いろんなこをができて、よかった。中途半端だったけど」
「天気もよかったし、空いていたし、ま、いいんじゃないの」と僕。

 なるき屋のラーメンでも食いに行こうと僕らは山ほどあるクライミング用
具やボルト打ちの道具をザックにしまいこんだ。
 

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