黒川晴介
Petit Verte
アルプス登山は僕にとって高校生の頃から、あこがれの対象だった。そして、ある意 味でヒマラヤ以上に僕にプレッシャーを与えてきた存在だった。僕はすべてに緊張して いた。「本当に自分にアルプスを登ることができるんだろうか」と。それに今回はひと りで来ていたので、多くのクライミング(結局全部だった)をひとりでやらなければな らないだろう。ヒドンクレバスやスノーブリッジはどうだろう、いくらでも心配事は絶 えなかった。 「ロープウェイの終点でおりると目の前に圧倒的な姿でエギュー・ド・ベルトが聳え ている。今回の目的のプティベルトはどちらかと云うと独立した山というより、西穂高 岳の独標のような存在だ。プティベルトの頂上から先はエギュー・ド・ベルトへと長い 鋸のような稜線が続いて、最後に巨大なアイスキャップを持つピークへと至っている。 アルプス登山には大切なルールがいくつかある。良いコンディションのときに登るこ と、そして標準タイムを守こと。標準タイムを守るというのはスピーディな行動を意味 しているし、自分の能力がそのルートに対して十分かどうかを適格に教えてくれる。そ ういう訳で、僕にとって標準タイムというものが大きなプレッシャーになりつづけた。 プティベルトへは雪の登りから始まる。シャモニーに来てから買った真新しいクラン ポンをきかせながら登っていく。小さなシュルントを越え、リッジ上を進むと岩場の取 り付きだ。ここで、アックスとクランポンをデポしていく人が何人かいたけれど、要領 のよく判らない僕は、デポせずにザックにつけたまま登っていくことにした。 ガイド登山らしき人や、普通のクライマーなど、何パーティかが先行していたが、僕 はひとりなのでビレイの時間がかからず、すぐ追い付いてしまった。皆親切で、すぐ先 に行かせてくれる。この後の山行でもよくガイドと出会ったが、彼らは皆とても親切 で、身のこなしもスマートだし本当にイカしていると思う。何度かはラッペル用のロー プまで使わせてもらった。(ロープは持っていたけど。) 、岩稜をどんどん進んでいくと、ちょっとしたピーク状の所で休憩している人がいた。 休まずに進んでいくと岩場がだんだん難しくなってくる。後の方から声をかける人が いるので戻ってみると、そこがピークだった。 標準タイムでは、アルプスの入門テストにどうにか合格したようだ。