黒川晴介
aspiring
とにかく先に進んでみたが、どうみてもヒドンクレバスがありそうだ。 ゆっくりと自分のフットプリントをたどり、安全な岩の上まで戻り、腰をおろす。残念ながらここか ら先の氷河帯をひとりで歩くことは危険すぎるようだ。 昨夜フレンチリッジ小屋で出会った三人パーティに頼んで、スパーリングの取り付きの小屋まで、 ロープに入れてもらえたら、と思い座ったまま彼らの上がってくるのを待った。 三人パーティはイギリス人二人とオーストラリア人のクリス・ダーウィンという人だった。彼らが 上がってきたので頼んでみると、快くロープに入れてくれた。これでとにかく、取り付きまでは安全 に行けるだろう。このルートは小屋に行くまでに一度尾根を越えてボナール氷河を下り、再び北西稜 の取り付きの小屋まで登り返すことになる。 最初に尾根上に出たところで休憩していると、ひとりが「セイスケ、ここから先はどうする?」と 訊いてくるので、「ヒドンクレバスがあるだろうから、小屋まで一緒に連れて行って欲しい」と言う と、「ここから先は氷河は平坦だし大丈夫だ」と言う。それならと思い、ひとりで先に出発した。 一時間もしないうちにガスに包まれた。緩やかで広い雪原はルートファインディングが難しい。高 度計、磁石、地図を使い、何度も確認しながら新雪の中を歩いていくと、突然、腰まで雪の中にもぐ ってしまった。両足には何の感覚もない。ザックのおかげで何とかひっかかっているけど、ヒドンク レバスに填ってしまったのだ。ひやひやしながら後に這い出して、自分の落ちた穴を覗くと、何十メ ートルあるのかわからないほど、真っ暗だった。 、三人パーティの来るのを待つしかなかった。しばらくすると彼らの呼び声が聞こえてきたので、 コールを返して待っていると、追い付いて「心配していたよ」と言う。実は彼らもスパーリングは初 めてで、よく知らなかったらしい。簡単に人の言うことを信じるものではない。 翌日、小屋から先はクレバスの心配のないミックスの登りなので、彼らとは別にひとりで登った。 中間部でいくらか岩場をこなし、最後は急な雪面の登りだ。出発したときは大丈夫だったのに、上に 出る前にガスに包まれ、頂上からは何も見えなかった。 下降しはじめて半分ぐらい下ると、また視界が出てきた。なかなかうまくいかないものだ。登ると きはよく締まっていた雪も柔らかくなり、不安定なミックス部分で一度ラッペルして、三時頃に小屋 に戻った。 小屋から見上げるスパーリングもやっぱり立派だ。スパーリングはニュージーランドで最も美しい 山のひとつだろう。