CLIMBING
WASHINGTON COLUMN SOUTH FACE IN YOSEMITE

たいへんだったあ

WCSF

 
FIRST MAIL FROM CHU SAN

『WCSF、6PでQuiteのご報告』

7/3、午後2時取り付き。3Pこなして、ディナ-ズ・レッジでビバ-ク。
7/4朝6:00、すぐ頭上のハング、レイトン・コアの”コア・ル-フ”に。

4,5,6P、すべてpikaリ-ド、chuクリ-ニングで間を空けず登りまし
た。
また、4Pを越えた時点からバレ-ウィンドが非常に強まりました。
暑さで苦労するどころか時季外れの寒気で、ビレイをしている間、歯がなりっぱなし
でした。
6Pのビレイスタンスに着いたときにはすでに15:00。

ここまでで14時を廻っているようなスピ-ドでは、このル-トを登る資格がないの
ではないかって
前の晩に2人で話してもいました。目標にしていた終了点に明るいうちに(21:0
0まで)着ける確信も持てなくなりました。

また、この時点で2人とも予想以上に消耗していることに気付きました。
さらに、chuに駄洒落が出なくなったのが決め手で(ガハハ)、迷う間もなく敗
退。
残す5Pは手頃なフリ-が続くようでしたが、再度のトライを期して、そこから引き
返しました。
(降りるのだって良い経験になりました)

なんと云っても登攀にかかった時間(6Pに正味14H40M!!)にガックリして
しまいました。
核心の4,5,6PにFIX張って、翌日ラッシュっていうことも思いましたが、
このやり方(技術面ですが)がいま一つ飲み込めず、お互いのコンセンサスももてな
いので、今回は却下。

また、2つのチ-ムのスマ-トなスタイルを目にしていて、頭のどこかで、たぶんこ
れが気になっていました。
一つは3人で、午後遅く取り付いて、翌朝早く抜けたと思われます。
もう一つは徹底軽装の2人で、僕らとほぼ同じタイミングで取り付き、なんと、僕が
3P目をリ-ドしているときに
すでに、終了点に達して同じ場所を懸垂で降りてきたんです。

今回は失敗でしたが、得ることの多さにびっくりしています。
なんといっても、修行が圧倒的に足らないのは明らか。
ああすれば、こうすればと思うことが多く、次につなげることができれば良い経験で
した。
(それにしても、もう10若ければなあ~~って思っちゃいます・・・
pikaに依存してしまう部分が多すぎるのは、僕自身の課題です)

でも、失敗はカッコ悪いですが、じつは割と満足しちゃってます。(たぶんpika
も)
たぶんいまの段階でできる最大限のことはやったなあっていうところでしょうか。

chu



REPORT FROM HIKARI MORI

ヨセミテ・ワシントンコラム・サウスフェースルート
2000年7月3日、4日
メンバー:忠+ピカ

7月1日 日本~サンフランシスコ~マリポサ
バークリーでREIとマーモットで買い物。ChuマーモットでTNFのホールバッグ(40
L)を買う。
マリポサは観光客が多く、モーテルが空いていない。やっとのことでComfort Innに
3人
で泊まる。

7月2日 マリポサ~ヨセミテキャンプ4
混雑を予想して、朝4時に起き6時にはキャンプ4の受付に並ぶ。ただ、テントサイ
トは
思ったより空いていて、その日並んでいた人は全員サイトをもらえた。
午後からワシントンコラムの取り付きへ偵察。アワニーホテルの駐車場から10分ほ
どで、
Pine Campgroundへ着く。その先2分ほどで小さなケルンがあり、そこがアプローチ
の
入り口である。取り付きまではケルンに導かれていく。道はガレ場だがそれほど悪く
ない。
夕方、スワンスラブでトラバース時のクリーニングの練習。Chuが予備ロープで懸垂
をし
てみた。

7月3日 キャンプ4~ディナーレッジ
昨日の偵察の時にとても暑かったため、水を当初の12Lの予定から15Lに増や
す。も
ともとChuのホールバッグとピカの50Lのザックで行く予定だったが、全然荷物が
入ら
ないので急遽マウンテンショップにもっと大きいホールバッグを買いに行く。
結局、40Lと60Lのホールバッグで行くことにする。
アワニーホテル 11:50
ホールバッグを背負ってヨタヨタと歩く。荷物が重いので、モモにもサポートに来て
もら
う。取り付きまで最後はアストロマンやプラウの下部をトラバースする。
取り付き 13:00
クライミング開始 13:50
とにかく荷物が多く、クライミングの準備で一苦労。その間に2人組のスピードクラ
イマ
ー達はさっさと登り始める。ギアも少しだし、背中にはハイドレーションパックのみ
を背
負っている。1P フリー 5.8~5.6(ピカリード)
簡単だが、山ほどギアを持っているのでしんどい。傾斜がないのでホールバッグが
引っか
かてこまる。1Pの終了点から2Pの取り付きまでテラスになっていて、ホールバッ
グを
移動するのに時間がかかる。
2P A1 (ピカリード)
綺麗なフィンガークラックを人工で登る。簡単だが時間がかかる。二段になってい
て、そ
こでホールバッグが引っかかる。フォローは予備ロープの処理が面倒くさい。
3P フリー 5.8 (Chuリード)
出だしはフレーク。溝状の岩を登ってディナーレッジの右端へ。ここでもホールバッ
グが
引っかかる。ディナーレッジの安定した場所へは5mほどトラバースしなければいけ
なく
て、ロープをフィックスしてホールバッグのセルフを取りながら移動する。
ディナーレッジ 19:20
頭上にコア・ルーフが見える。時間が遅いのでフィックスはできず。
ディナーレッジは四畳半ほどで快適だった。我々以外に誰もいなかった。セルフビレ
イを
とらないでも安心。ギアの整理、夕食の支度をしているとすぐに日が暮れてしまっ
た。今
日は半日行動で風も強く水をあまり飲まなかったため、水が余ってしまった。10時
半に
寝る。

7月4日 ディナーレッジ~6P目~懸垂下降で取り付き
朝4時に起きるつもりが、時差ボケで2時半に目が覚めてしまう。5時くらいから明
るく
なり、6時に登り始める。
4P 5.6~A1 (ピカリード)
最初の20mほどは簡単なフリー。コア・ルーフはばっちりボルトが打たれていて安
心。
エイダーの掛け替え。コア・ルーフの上は右上しているクラックでA1。リードに1時
間
ほどかかる。このピッチから傾斜がきつくなったせいか、ホールバッグが引っかから
なく
なる。
5P A2 (ピカリード)
4Pの続きのクラックを5mほど登ったあと、小さなルーフの乗っ越し。ボルトが打
たれ
ていて安心。そのあとA2のワンムーブ。エイダーの最上段でも残置スリングに届かな
く
て、ボルトの頭に乗りデッドポイントでスリングをつかむ。そこから5mほど左にト
ラバ
ースして、ペンドラムへ。3mほどの振り子で大したことなかった。懸垂の支点を後
にし
て、再び左上クラックへ。これはA1なのだが、先が見えなくてずいぶん迷いながら登
る。
ここでとても時間を使ってしまった。結局左上クラックの途中から細い垂直のクラッ
クへ
移り、さらに右へトラバースするとやっと終了点が見えた。ルートファインディング
に苦
労した。リードに2時間半かかった。
6P A1(ピカリード)
このピッチはバーチカルのシンクラックが続く。ストッパーの#4~7くらいが良く
決ま
る。もちろんエイリアンも有効。特にハイブリッドエイリアンが効いた。風が強くな
り、
エイダーがグルグル回ってしまって登攀スピードが落ちる。50mフルのピッチでと
ても
長く感じた。リードに約2時間かかる。
このピッチをChuがフォローし終わった時には午後3時になっていた。これからフ
リー主
体のピッチが続くのでスピードアップは見込まれるが、2人とも寝不足も相まって疲
れて
いたので懸垂で降りることにする。
まず、ホールバッグの下に予備ロープを付け、支点に固定して最初の人の懸垂ロープ
とす
る。シングルでの懸垂は気持ち悪いので、メインロープも支点に固定してダブルで懸
垂す
る。最初の人が支点に降りたら、上に残っている人が予備ロープの固定を外す。さら
にホ
ールバッグの上に付けたホールロープ(スタティック)をビレイして、ホールバッグ
を下
に降ろす。下のの人はホールバッグの下に取り付けた予備ロープを引っ張って荷物を
下の
支点に導く。このときホールバッグの上下にロープがある形になる。無事ホールバッ
グが
下の支点に着いたら、上の人はスタティックロープとメインロープをつかって懸垂す
る。
懸垂の支点はばっちり。風が強かったが、懸垂自体はスムーズだった。ディナーレッ
ジま
で懸垂3回。
ディナーレッジ 17:00
ディナーレッジで余分な水を捨て、ホールバッグを背負ってさらに懸垂2回。2P目
と3
P目はまとめて60mで懸垂できた。
取り付き 18:30
また来た道をヨタヨタとホールバッグをかついで降りる。下のPine Campgroundでモ
モ
が待っていてくれた。

今回の反省点:
? とにかく2人とも初めてだったので不慣れだった。特にピッチとピッチの間にかか
る
時間(ビレイ点での作業など)に時間をとられてしまった。
? 水、食料共に多すぎた。水は12Lの予定を15Lに増やしたが、12Lでも多
かっ
た。初日が半日行動だったので10Lでも良かったかもしれない。食料も持ちすぎ
た。
昼飯はクライミング中に食べているヒマがあまりない。そのかわりもっとお茶を持っ
ていた方がよかったかも。
? ギアが多すぎた。これは結果論なので最初からギアをミニマムにすることは不可能
だ
が、ストッパーの大きいサイズは1セットでオーケーだし、ブラスナッツやフックは
不要だった。ただし、7P目以降に必要になるかもしれない。
? 練習不足だった。2人とも認識が甘かったと言えよう。初心者ルートだから大丈夫
だ
ろうとタカをくくっていたところがあったかも。所詮われわれは初心者にすぎなかっ
たと言うことか。当たり前のことだけど。

忠さんの報告では「失敗したがわりと満足している」とありましたが、私は実はあん
まり
満足していません。もちろん準備も充分しないで結果が出ることはあり得ませんが、
今回
はやっぱり完全に失敗だったと思っています。これが現在実力なんだからしょうがな
い、
ということも理解しています。6P目の終了点で降りてきたのはあの時点で最善の判
断だ
と思っていますが、あのあとずっと「なんであそこで降りてきてしまったんだろう」
と思
い続けているのも事実です。でも何でそう思うのか理由は分かりません。
降りる時点では4~6Pをフィックスすることは思いつきませんでした。あとでそう
いう
チョイスもあったなあと思ったのです。あのときフィックスというチョイスを思いつ
いて
いたら、その選択肢をもっと検討していたかもしれません。水も食料もたくさんあっ
たし。
でもお互いあのときは懸垂で下ることしか頭になかった。2人とも次の日登ることも
検討
しないで降りたことが、満足できない理由かもしれません。

SECOND REPORT FROM CHU-SAN


BigWallでは、ふつう、リード、フォローっていうふうにはしません。傾斜や
スケールが厳しくて全体の行程も長くなりますからモノが増え、その分の荷揚げが入
る訳です。そのために、独特なシステムがとられています。
リードしたひとはビレイ点に着くと、メインのロープをまず、FIXします。そのF
IXを使って、途中に残されたナッツやカムなどを回収(クリーニング)しながら
ユマールでセカンドが登る訳です。リードしたひとはその間に、ホールバッグを引き
上げ、次のピッチのためにロープを整理したりします。

ほとんどのひとは最初は経験者とパーティを組むと思います。でも、僕らのチームの
特徴は、なんといっても2人ともbigwallについては完璧な初心者だという点
です。漫画みたいですが、アンチョコ(教科書のコピー)をチラチラやりながらの登
攀でした。
でも、二人を悩ませたのは、教科書には表現されない、些末な細部についてでした。
たとえば、いったんビレイ点に固定したホールバッグを空中でどうやって切り離すの
か・・といった風なことです。こういう難問は、実際にやってみると次々と生まれま
した。あまり落ち着けない場所での話ですから、ない知恵を振り絞ってやってみた方
法が正しいやり方なのかはまだよく分かっていません。この記録を読んで気づいた方
がおられたら是非教えてください。おいおい、そいつはヤバイやり方だぜえ~、と
か、こらこら、もっとラクチンなやり方があるぞぉ、などと指摘していただければ大
変ありがたいと思います。

結果的にpikaがリーダー、僕がクリーナーになっちゃいましたが、プランでは、
できるだけ半々、ツルベでって思ってました。でも実際には、それって大変
でした。(J.ロングやミッデンドーフの教科書も、岩雪の連載も、保科さんの本で
も、ガメラのCJでも、リードは1日交替とか、5,6Pまとめてから交替とか書い
てありました。ツルベは効率が悪いって)
というのは、クリーニングって割とシンドイんです。息切らしてテラスにつきますか
ら、さあリードっていうふうに気持ちも体もそう簡単に切り替えられないっていう訳
です。それと、クリーニングにも侮れない技術、パワーが要求されました。

1P目は5.8のフリーでしたからギヤが少ない分、クリーナーには手慣れたユマー
ル操作が要求されます。僕らの前を掠めていったパーティは、ホールバッグを持たな
い徹底軽装でしたのでクリーナーはユマールを”チィチィパッパ”方式(ユマール2
つにそれぞれエイダーを付けて、両足をそれぞれのエイダーに乗せたまま、体重のわ
ずかな移動で駈けるように上がって行く高効率な方法で、僕が勝手にそう呼んでい
る、ホントは何ていうんだろう?)
で、素早く上がって行きました。

僕はというと、pikaが書いていたとおり、途中でひっかかったホールバッグまで
昔ながらの方法で、グィッグィッって上がって行き、ホールバッグを動かし、pik
aに合図します。
こういう悠長なスタイルですから、びっくりするほど時間が掛かった訳です。ホール
バッグは上に大(65L?)、その下に小(40L?)を連結して1単位としました
ので、これもひっかかりやすい原因だったかも。ひっかかった場合にクリーナーが
ホールバッグを下からコントロールできるように、第3のロープが僕とつながってい
ます。

このロープは、全体を通じて、僕の悩みの種でした。クリーニングしていく
間、このロープを無闇に放置しておけば、どこかにスタックして、とんでもない事態
を引き起こすかもしれません。それで、このロープもメインロープと同じに、数メー
トル上がる毎にエイトノットでハーネスにかけていきました。お陰で腰回りはモコモ
コになっちゃいます。

ところでメインロープはユマールで上がって行くときに、5mくらい毎に、エイト
ノットで、ハーネスに連結していきます。これは、ユマールがはずれた際のセルフビ
レイの意味があるそうです。この高説にははじめ、びっくりしました。だってユマー
ルが2つ同時にはずれる確率なんて・・・って僕は思っていましたから。実際、僕は
昔からそんなことなどまったく気にせずやってきました。
でも、岩雪の連載には確かに、pikaが云ったとおり、これをしないのは自殺行為
だって断定的に記述されていたんです。

それで、このことが、4,5,6Pに3本FIXしていったん降り、翌日ラッシュを
かける戦術を選択しにくい状況を生みました。3本FIXしちゃったら、ユマーリン
グ中のセルフってどうすんの? まさか、プルージック? それじゃチィチィパッパ
なんて意味ないじゃん。プルージックのスライドって結構面倒だし。誰かおせえて!

さて、2P目のシンクラックはまっすぐでしたからクリーニングはそう苦労しませ
ん。3P目はやはり5.8のフリーで傾斜もなくラインも素直じゃないので、ホー
ルバッグはよくひっかかりました。ここだけ例外的に僕がリードしました。
この3Pをテストケースと考えていた僕は、かかった時間以上に、自分の能力に疑問
を感じてしまいました。ロープは踏むは、手順が抜けるは、あれもこれもでたらめ
で、さらに上へ仕掛ける資格があるんだろうかって。まったくがっかりするような1
日目でした。

翌朝、4P目のコアルーフをpikaがリードします。このピッチのクリーニングは
曲者でした。ハングからルーフの上へ抜けますが、抜けたところはクラックが右上に
向かっています。しかも急に傾斜が落ちていて、上半身がルーフの上に出たところで
ユマールがスタックしてしまい、足がハングの内側に入り込んで、荷重が容易に抜け
なくなってしまいました。
そこで、エイダーを2本使いました。1本は下側のユマールに、もう一本は、クラッ
クの右
寄りに入っているストッパーに直接かけて、ここで体重を一瞬抜いてロープを持ち上
げ、素早くユマールをシフトすることができました。

ルーフや、トラバースのクリーニングは手順が大事です。基本は、1で、上のユマー
ルをランナー直下にスライドし体重をかける、2で下のユマールをそのすぐ下に。3
でフィフィを下のユマールのビナに。4で、メインロープを目の前の高さでエイト
ノットにして、ハーネスのビナに。5で、上のユマールを外し、ランナーの上側、で
きるだけ遠くへ素早くセット、体重をかける。6で、ギヤを外す。

最後の6が問題でした。というのは、ハングやトラバースでは、リードは、ロープの
流れを考えて、長いランナーを使うからです。ランナーよりも上のユマールに体重を
掛けた状態では、体はギヤのセット位置から離れすぎていて、どうやっても外したい
ギヤには手が届きません。
ルート全体を通じての核心部と云われている5P目は、まさにこういったクリーニン
グの連続でした。

それと、トラバースのユマーリングでは、ユマールからロープが外れることがあっ
て、ビナでメインロープとユマールの下端の穴を連結しておくように教科書に書かれ
ていました。しかし、ある先輩から、その絵とは別に、ユマールの上端の穴で連結す
る方が確実だと教えられました。それで、僕は先輩の方を採用しましたが、何かの拍
子にこのビナがユマール本体をすっぽりくわえてしまい、しかもその一端がカムをわ
ず
かに押してしまう位置でロックしてしまう、という恐ろしいことが起きました。
ユマールは完全に機能を失ってしまい、僕はただ1つのユマールにぶらさがったま
ま、ハンマーでこのビナを外さなければなりませんでした。当然、これ以後、この方
法は止め、教科書に従いました。

pikaがリードしている間、僕は、思ったよりも温度の低いバ
レーウィンドにさらされて、じっとしていることに耐えられなくなってきていまし
た。しかもこの忌々しい風はみるみるうちに強くなってきていました。
気の遠くなるような時間が過ぎて、やがてpikaの元気なコールが聞こえてきまし
た。やったなあ、よっしゃ、今度はオレの番だあ。
まず、ホールバッグを中間部まであげてもらいます。ガイドロープの余っている分で
途中の振り子を懸垂するためです。”行くよぉ~”、寒くて、舌の回らない返事しか
できなくなっていましたが、とにかく、僕はこのピッチのクリーニングにスタートし
ました。

ハングから左へ、ロープは真横に流れています。どれも長いランナーで、しかも、間
隔も近いとはいえません。手順を口に出して一つ一つ間違いのないように潰していき
ます。例の最後の6ですが、ギヤがキャメやエイリアンなら、ランナーの下側のロー
プを引いて体をギヤ側にいったん寄せて、素早くレバーに指をかけ、そのまま、体重
をユマールに委ねれば、外れました。ただし、体は次の支点を中心にした円運動
で大きく振られます。この”振り”を読んでいないと、”飛ばされる”感じになっ
て、ちょっと怖い思いをしそうです。でも、これはすぐ慣れました。足が壁に着くよ
うな場所なら壁を少し走れば良いだけです。

残置のアングルやボンボンにセットされたスリングを外すのが面倒でした。ことにタ
イトにかけられたスリングを外すときは、回収したキャメをすぐ近くのクラックに
つっこんで、いったんエイダーに乗り込んでから回収しました。
この地点は、回収も難しいらしくて、残置も大変多かったと思います。でも、なんと
かがんばって、全部回収できましたので、自分でも結構いい気分でした。心配だった
振り子は、幸い小さく斜め下への5m程度の懸垂で、楽勝でした。

トラバースから振り子を終えて、ロープが真上にのびる地点にさしかかりました。p
ikaにはホールバッグを完全にあげてもらい、僕は、pikaのあとを丹念に辿り
ます。残置のコパーやリベットにストッパーのワイヤーをかけていたり、pikaの
頭がフル回転だったろうことが分かりました。エキサイティングな素晴らしいピッチ
だったろうと思います。
また、ここら辺は次のクラックまでのブランクセクションで、フックも使える
ところなのではないかって思いましたが、pikaは使わなかったそうです。

ほとんどのナッツは、手で引き上げたり、ナッツキーでこつこつたたけば抜けまし
た。どうしても抜けない場合、ハンマーを使えば、問題なく外れます。このピッチを
終える頃には、そこらへんの加減もだんだん分かってきました。
でも次のピッチでは別の難しさに出くわしました。

6P目は、プランを考えていたときは僕がリードするピッチでしたが、pikaに続
けて行ってもらいました。pikaはかかりすぎている時間をひどく気にしていまし
た。僕は、息を整えたり、いまやってきたことの余韻でテラスでは要領が得られませ
んでした。ちょっと待ってっていうまもなく、pikaは登り始めました。風はじゃ
じゃ馬のように強まっていました。pikaが引いていく荷揚げロープは、強烈な風
を受けて、みるみるほどけていき、ほぼ水平に大きく東へ弧を描きます。僕は寒くて
堪らず、小さい方のホールバッグの蓋をこじ開けて一番上に載せてあったフリースを
着込みました。

このピッチもpikaは悪戦を強いられていました。耐え難い時間がたって、僕は、
歯が鳴り、体が思うように動かなくなっていることに気づかされました。手を握る
と、開くのに数秒かかり、開くと握るのに同じような時間がかかりました。足もすね
の筋肉がけいれんします。そう、丁度、長い時間、その箇所が冷房の風にあたったよ
うな具合でした。

このピッチは見た目にはストレートなので、ホールバッグのガイドロープは使いませ
んでした。
でも、pikaが荷揚げを始めると、バッグはごろごろと転がって、大きくラインを
東に逸れてしまい、不安になりました。万が一引っかかったら、面倒なことになると
思い、僕は、クリーニングに出るのをしばらく躊躇していました。問題なくホール
バックがpikaの足下に近づくのを確認してから、クリーニングに入りました。

ストレートなシンクラックです。ギヤはハンマーとナッツキーでバカスカはずせま
す。でもとんでもないことが起きました。ユマールが、ちょっと握っただけでスコン
とスリップしたのです。片方が効いていましたので、大丈夫でしたが、びっくりしま
した。
よく分かりませんが、ロープがひどくキンクしていたせいだと思います(キンクが強
風のせいかどうか確信は持てませんが、説明はつくようように思います)。
大事なことは、ユマールに確実に体重を掛けているようにこころがけることでし
た。この現象はそのあと、何度も起きました。つまり、体をちょっと持ち上げた瞬間
に、ロックが解除されてしまうのです。

それで、とにかく、注意深く、急がず、確実に一つ一つこなしていく、という高校時
代に教わったある種の経験則を思いました。これは僕の黄金律で、つまり、急がず確
実にやることを心がける。速度は、それに関与する時間の関数という含みのあるお話
です。早くやろうと思うな! 確実に確実に・・僕はそう自分に言い聞かせました。

テラスにつくとpikaがもう15:00だと云いました。僕たちは休みなしで9時
間登り続けたんだ。pikaはかかった時間、つまり自分のリードにも、僕のクリー
ニングにもひどくがっかりしていたようでした。でも僕は、失望する余裕さえ失って
いました。
すでに窮地にいるにも拘わらず、初めてなんだから遅いのは仕方ないよぉなどと、凡
そ役立たずなことを云っていました。

目の前に僕がリードを引き受けるといっていた5.9のクラックが見えました。で
も、僕はいつのまにか疲れ果て、口もろくにきけない有様で、いったいどうなるのだ
ろうとひとごとに考えていました。pikaは行くつもりだろうと思っていましたか
ら、ごめん、これリードする気力も力ももうないよ、おれ、頼むわって云おうとしま
した。そこからは、元気なら手頃といえそうなフリーのピッチが続きます。もう3P
伸ばせば、夜を越せる場所が見つかるかもしれなかったのですが、その3Pが僕には
途方もない距離に感じていました。

突然、pikaが降りましょうって云ってくれ、たぶん僕は、のっぴきならない窮地
に追いつめられる前に救われました。ホールバッグを伴う気の抜けない長い懸垂で取
り付きに戻り、ももちゃんが待っているかもしれないアワニーへと、とぼとぼ下りな
がら、僕は、このタフでやさしい相棒に決して小さくはない失望を味あわせてしまっ
たことと、自分の弱点をなんとかしないとなあって思い始めていました。(実際もも
ちゃんはアワニーよりもずっと手前のwalkinキャンプサイトで待っていてくれ
ました。pikaにはホッとするような温かい笑顔、僕にはよく冷えたビールを持っ
て。)

おしまい 
ここまで読んでいただけて感謝感謝。ご感想をお聞かせくださいませ。
00/7/17 記




BACK TO ARC2000年の記録
 

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