曲がれるようになった
ニセコアンヌプリ
2000-2/11-14 member:真壁夫妻、なべ、まつくら、汽車 2月11日・・・・パウダーは怖くない 夜明け前の早朝4時15分に伊藤さん宅から、伊藤さんの運転で羽田空港へと向か う。愛車ローバーには、ナベちゃん、奥さん、犬のクロが同乗。4時35分頃に空港 に着くと、すでに早朝の便で出発する人たちが入口に集まっている。車を降りてみ ると、まだ入口が開いていない。荷物を降ろし、待つこと少しで入口が開く。真壁 章一さん、しず子さんご夫妻もやってきた。 さっそくチェックインを済ませ、5時50分発のJALで新千歳空港へ。空港のモ スバーガーで朝食をとり、9時半のバスでニセコへと向かう。アンヌプリスキー場 のバス停には12時半頃到着。センターハウスでラーメンを食べ、ハイクローツの中 村和史さんに迎えに来てもらう。15分ほどで素敵なペンションに到着。 別館に荷物を入れ、急いで着替えると、さっそくチセヌプリスキー場へと向かう 。車はハイクローツで借りたハイラックスのピックアップトラック。荷台には雪が たっぷりと積んだままだ。雪道では荷台を重くしておいた方が重心がとれ滑らない ようなのだ。スキー板とストックをその荷台の雪の上へと投げ入れる。何ともアメ リカンだ。 雪が散らつくなか、ナベちゃんが運転し15分でチセヌプリスキー場に到着。駐車 場ではテレマーカーや山スキーヤーがシールを付け準備をしている。やっぱり本州 とは違う。上越のスキー場ではこんな光景に出会ったことはない。やっぱりニセコ はテレマーカーの天国なのだと感じる。 午後2時過ぎということもあり、5人で回数券2枚(22回)を購入。フード付き のリフトに乗り込む。リフトから濃いカーキのウエアに身を包んだ軍団が滑ってい る。 「自衛隊がスキーの訓練をしているんだ」 伊藤さんが教えてくれた。 よく見ると、靴は革靴。しかも踵が浮いている。古いテレマークスキーだ。滑り はアルペンだが見事である。テレマークであることを感じさせないほどに巧みに大 回り、小回りを決めていく。見とれているうちにてっぺんに到着。上は吹雪いてい る。 「裏山へ行きましょう。まだパウダーが残っていますよ」 何度も足を運んで、ここを知り尽くしているナベちゃんがみんなを誘う。 しかし、私は一回目からパウダーへ行く勇気はない。それに、ナベちゃんにはち ょっと注意が必要だと感じていた。かなりの滑り手だと聞いていたし、何より血気 盛んな若者だ。彼はカヌーもやるそうだが、台風のなかに漕ぎ出してしまうような 男なのだ。しかも、会って1日足らずだが、お調子もんでもあることも感じていた 。スキーを始めた頃、「大丈夫、大丈夫」の口車に乗せられ、初心者である私をい きなり苗場の頂上へと誘った友人とどこかダブる。 「ついていけば、痛い目にあう」と私は思い、まだ体はほぐれていないし、一本目 は足慣らしをしたいと言った。すると、伊藤さんも「一本目はリフト脇のパウダー を狙って行こう」と言ってくれた。 軽く柔軟をしてリフト脇を進む。ゆるやかなゲレンデの脇には20センチほどの新 雪が残っている。ナベちゃん、伊藤さん、真壁さんは気持ちよさそうに滑っている 。しず子さんもきっちりとテレマークポジションを決めターンしていく。私もこの 程度なら大丈夫だろうと突っ込むと、思った以上に足元がとられる。慌ててゲレン デ内へと一度戻り、体勢を整え再び林間脇へと踏み込む。つんのめって危うくこけ そうになる。先が思いやられる。 リフト脇上部の緩やかな斜面を過ぎたところで左へ林間へ進もうと言う。しかし 、もう少し足慣らしをしたい。 「下で合流しましょう」 私は4人に告げた。すると、しず子さんも「私も」と一緒にゲレンデを下りてく れることになった。 今回のパウダー修行で、私の一つの心の支えがしず子さんだ。彼女には失礼だが 、しず子さんが女性であること、そして他の3人より数段レベルが低いことが、私 を安心させてくれる。腕や経験ではまだまだ彼女の足元にも及ばないが、用具と体 力では勝っていた。彼女は革靴に幅の狭い板というオールドスタイルだ。私はプラ ブーツに幅広のカービング系の板。実際、この差はかなり大きいのだ。今シーズン 、オールドスタイルから変えてみてはっきりと滑りが変わったことを実感していた 。 3人と別れると、ゲレンデを颯爽と飛ばす。 「松倉さん、すごい」 しず子さんが私の滑りを誉めてくれる。うれしさをかみ殺し「まだまだですよ」 と答える。圧雪されていればガンガンいけるのに、悪雪やコブなどではからっきり ダメなのだ。 リフト下で3人と合流し再び上へ。もう一本ゲレンデをと思ったが、明日はあの チセヌプリを登るんだと少しだけ顔を覗かせた真っ白な山を見ると、慣れておかな いとと思い直し、裏山コースへと一緒に行くことにする。 リフト下り場から、先頭をナベちゃん、続いて伊藤さん、私、しず子さん、真壁 さんの順で、山腹を東へと巻くように林間へと進む。少しでダケカンバの木がまば らとなる。 「ここがいいですよ」 ナベちゃんが言うが、私にはとてつもない急斜面に見えた。けっこう木も多い。 木を縫いながら下りられるのか不安になる。迷っているうちに、ナベちゃんがショ ートターンで鮮やかなシュプールを描きながら滑っていった。伊藤さんも続く。二 人ともまるで木立など関係ないように滑っていくと、下の傾斜が緩くなった木の手 前で止まった。 いよいよ私としず子さんの番だ。最後はいつも真壁さんが滑ってくれる。真壁さ んご夫妻がいることで、私は安心していられる。昨年のジャクソンのツアーでもい つも二人がそばにいてくれた。しず子さんは「彼女が行けるなら、何とか自分もい ける」という指針を示してくれる存在で、真壁さんは「いざというときはいつでも 助けてくれる」という絶対的な安心感を醸し出してくれる。 私は躊躇していた。真のパウダー滑降がはじめての私としては、自分がどれぐら い滑れるのかまるで想像がつかなかった。だから、ナベちゃんや伊藤さんの滑りは 、今のところまるで参考にならない。ちょっと卑怯だが、ここは経験豊かなしず子 さんに先に行ってもらい、彼女のレベルでどれぐらいの滑りができるのかを確認し てから滑り出そうと思った。 真壁さんに促され、しず子さんが滑っていった。深いテレマークポジションでゆ っくりと下りていくが、2ターン目でバランスを崩して転倒した。もがきながら立 ち上がる。 「立てるんだ」 しず子さんの転倒が私に安心を与えてくれる。以前、吹き溜まりで転び、立つだ けで相当苦労し、へべれけになったことがあった。私はこけることよりも立てなく なることが怖かった。 「どうぞ、松倉さん」 真壁さんに促され、私も滑り出す。まずは右へとトラバースするように斜滑降で ゆっくりとスタート。以前、TAJ会長の山村さんが言っていた「山足を踏み出し てターンのきっかけをつくる」を思い浮かべ、右足を踏み出し体重を乗せていく。 「曲がるじゃん」 そう思った瞬間、背中から谷側へと転がった。一回転してすぐに立ち上がれたが 、サングラスが雪まみれで何も見えない。手袋をつけたままサングラスの内側の雪 をこそげ落とすと、下で伊藤さんとナベちゃんが心配そうに見上げている。 「痛くないじゃん」 顔は切れるような冷たさだったが、ゲレンデで転ぶような痛さはまったくなかっ た。柔らかな雪がクッションのように包んでくれる。 上を見ると、真壁さんが力強い滑りで下りてくる。そして、私の脇を抜け斜面を 落ちるような勢いで下部へと達した。しず子さんは左の方でこけている。なぜか「 よし、よし」と思ってしまう。 一呼吸すると、今度は斜面をまっすぐと下った。ゲレンデでこけたら下まで止ま らないような急斜面でも、深雪だとすぐに止まる。しかも痛くない。スピードもさ ほど出ない。夢中で直滑降をしながら「パウダーは怖くない・・・・」そう思った 。 その後、私たちは4時過ぎまで3本オフピステを滑った。最後までまともなター ンはできず、コケまくりだったが、直滑降でスピードが出てきたときにだんだん板 が雪面に出てきて足にかかっていた圧が小さくなり、ふわりとする浮遊感を何度か 味わえた。 「これがパウダーの魅力なんだ」 鯉川温泉の露天風呂に浸かりながら、そんなことを考えていた。 2月12日・・・・直滑降が少しずつものに 2日目はチセヌプリへツアーに出る予定だった。1時間半から2時間かけて山頂 へと登りニトヌプリとの鞍部へと滑り下りるのだ。状況によってはさらにニトヌプ リを登ってから戻るという。 昨日でパウダーが怖くないことは分かったが、また、一方でまだまだパウダーは 滑れないということもわかった。果たしてついていって大丈夫なのかは大いに不安 が残る。行きたい思いとやめたい思いが半々だ。夜明け前に目を覚ますと、そんな ことを考えていた。 6時半過ぎにベッドを出てリビングへと行くと、さっそくテレビを付ける。朝の 天気予報では、今日もあまり天気はよくなさそうだ。私は天気が悪いなら行きたく ないと思いながら、みんなが起きてくるのを待っていた。7時過ぎみんながリビン グにそろう。 窓の外では雪は小振りだが、風はけっこう吹いている。ペンションの回りのシラ カバの梢などが大きく揺れている。 「山頂は風が強そうですね。天気予報でもよくなりそうもありませんね」 私は、暗にやめたほうがいいんじゃないですかと言ったつもりだった。しかし、 ナベちゃんは行く気満々だ。 「とにかく行けるところまで行って、ダメなら戻ってこよう」 とりあえず、行くことに決まり、それなりの装備をザックに詰め出かけることに する。 朝食を終え準備をしていると、朝からしず子さんは体調が今ひとつということで 、ゲレンデで練習をしていると言う。私はビーコンをお借りすることにするが、仲 間が減ってますます心細くなる。それでも、テルモスにお湯を入れ、行動食や防寒 着などをザックに詰め込むと、9時にチセヌプリスキー場へと出発。 しず子さんだけがリフト1日券を買い、私と伊藤さんは1回券を買い、リフトに 乗り込む。下では小振りだった雪が、リフトで上がるにつれ強くなり、さらに終点 近くでは横なぐりへと変わる。リフトを下りると、頬を打つ雪が痛く、強風でバラ ンスを崩しそうなほどだ。 「無理じゃないですか」 私が言うと、伊藤さんは「うーん」とうなるだけで、まだ決断は下さない。 「とりあえず様子を見ましょう」 ナベちゃんが言う。しばらくここで滑って天気が回復すれば、アタックをかけよ うというわけだ。答えが出ないまま、とりあえず一本滑ることになる。 3人は昨日のコースを滑るというが、私はザックを背負っての一本目はやっぱり ちょっと不安なので、しず子さんとゲレンデそばの林間内に深雪を探しながら下る 。 先にリフト乗り場に着いて待っていると、伊藤さんたちがやってきた。やっぱり この風だと無理だということになる。結局、昨日のコースと自衛隊の練習バーンの ある西側の尾根コースで練習することになる。 まずは昨日のコースへとゲレンデ途中より入り込み、まだ滑っていない急斜面を ナベちゃんと伊藤さんが行く。夜間降り続いた雪で昨日よりも深くしかも軽い。二 人の滑った後に雪煙が舞う。一瞬見えなくなりこけたのかと思うが、雪煙が静まる と、その先にシュプールが見え、谷へと滑り落ちていく姿が見える。林間には「ホ ーッ、ホーッ」という声が響く。はじめは何でそんな声を上げるのかわからなかっ たが、どうやら自分はここを滑っているよと仲間に知らせる意味と、昂揚する感情 から自然と声が発せられるようだ。残念ながら、私にはまだ声を発するほどの余裕 はない。滑っているときはまるで息を止めているのではと思えるほど、立ち止まる と息が切れる。いや、単に転んでばかりで立ち上がるので体力を消耗しているから かも知れない。 2本目はリフトを下りると反対の西側へと進む。こちらは尾根の中腹を林間を縫 うようにトラバースしながら進み、いい斜面があると下に滑り、またトラバースし 滑っていく。こうして、最後に自衛隊の練習バーンの左端に出る。ここからは一気 に下部まで滑れる。立ち木も少なく、自分のリズムで滑れそうだ。 まずは、例によって、ナベちゃんと伊藤さんが飛ぶような軽快さで下っていく。 続いて、私としず子さん。少し下ったところでしず子さんがこける。私も気合いを 入れて直滑降。リズムよくストックを突き、足も入れ替えているが、ほとんどター ンはしていない。もっと体重を谷足に乗せ込むのか、そう思った瞬間、案の定コケ た。下を見ると、伊藤さんがカメラを構えている。サングラスの曇りを手袋で拭っ て再スタート。しかし、これまた下まで着く前にコケた。 そうこうしながらも、回を重ねるに連れ、昨日よりは確実に転ばずに滑れる長さ は伸びてきた。あとはターンをどうこなすかだ。さらに午前中1本滑って、下のレ ストハウスで昼食。テルモスのお湯を飲みながら、行動食のパンやチョコレートを 摘む。 午後も同じく、裏山コースと西側の尾根コースを滑る。途中、西側の尾根上の岩 の上からナベちゃんが飛び降りて滑降というパフォーマンスをする。ただし、失敗 。着地直後に転倒して2回転した。ナベちゃんが転けたのは後にも先にもこれだけ だ。 私も少しだが、大回りターンのコツが少しつかめてきた。ただし確実なのは右回 りだ。どうも左はひっかかりすぐに転倒する。それとストップがどうしてもうまく いかない。止まるときは常にコケている。前のめりにならないようにと重心を後方 に引くと尻餅をつき、重心がちょっと高いと前へと飛ばされ頭から突っ込む。こけ ずに停止できるのは5回に1回といったところ。まだまだパウダーへの道は遠い。 結局、2日目は午前4本、午後5本を滑って終了。ゲレンデ脇の国民宿舎雪秩父 で露天風呂に浸かる。さすがに腿が張っている。何度もこけたせいか首や肩も痛い 。ぬるめの硫黄泉で体をもみほぐしてからペンションへと戻る。 2月13日・・・・直滑降から大回りターンへ 朝6時過ぎに起きると、体の節々が痛かった。まだみんなへ眠っている。私はリ ビングへと行くと、みんなが起きてくる前に入念にストレッチをした。股関節、腿 、足首、肩、首、背中とゆっくりと伸ばしていく。 今日はアンヌプリへと登り北壁を滑るという。しかし、こちらはチセヌプリとは 違い登りは20分、しかもみんな登っていてステップが刻まれているから、シール登 高もなく楽だそうだ。昨日の練習で少しパウダーの滑り方が見えてきたため、今回 は期待している。 ストレッチをしながらも気分は晴れやかだ。窓の外を見ると、天気は今日も相変 わらずだ。昨夜からずっと雪が降り続き、新たに20センチほど積もった感じだ。風 さえなければ最高のパウダーが味わえる。 朝食を済ませると、今日もナベちゃんの運転でニセコひらふスキー場へと行く。 各々1日券を買うと、ゴンドラで一気に上へ。さらにリフトを2本乗り継ぐ。しか し、そこはガスに覆われ視界は極端に低い。こんな中滑るのかと思うと急に不安に なっていくる。それでも、ザックにスキー板をくくりつけると、みんなの後につい て斜面をまっすぐ上へと登っていく。しっかりステップが刻まれており危険はない 。ボーダーやテレマーカーも次々に上がっていく。それを見ながら、これほどの人 が行くなら大丈夫かと少し安心。 しかし、それも束の間、稜線に出るとその思いは一気に吹き飛んだ。ものすごい 強風。背中のスキー板が風にあおられ、ときおり足元がふらつくほどだ。ストック を突いているからいいようなものも、なければ歩くのにも気を遣わなければならな いだろう。視界も極端に低く完全にホワイトアウト。稜線に立つ竹竿がヒューヒュ ーと不気味に鳴っている。 それでも歩くこと20分ほどで山頂の避難小屋に到着。なかには強風を避けるよう に15人ほどがひしめいている。みんな天気回復を待って一気に滑ろうというのか。 でも、どう見ても少々のことで風がやみ、ガスが切れるとは思えない。技術のない 私が見えない世界へと滑っていくのは無謀としか思えない。 そんななかナベちゃんの知り合いのテレマーカーがやってきた。すでに北壁を滑 っているという彼に情報を聞くと、何カ所か雪崩れそうな場所がある。どこそこを どっちに巻いて樹林際を滑れば大丈夫とか、何とか話しているが、狙ったとっころ で曲がれない、止まれない自分が行けるとは思えない。結局、私としず子さんは真 壁さんに付き添ってもらい、ゲレンデへと戻ることにする。 「1時間か1時間半で戻れると思うから、花園ゲレンデ下のレストハウスに12時に 集合しよう」 ナベちゃんと伊藤さんと相談して、10時半に避難小屋を出る。外は相変わらず風 が強い。この強風の元、稜線を滑るのは危険と判断し、板とストックは手に持って 西のピークとの鞍部までは歩いて下る。途中、一瞬ガスの切れ間に西のピークが覗 いた。一面真っ白の斜面は滑れたらいかにも気持ちよさそうだ。しかし、今の自分 にはまだ無理。そう思い、言葉にはしなかった。途中、我々を不思議そうに見なが ら登っていく人たちもいる。せっかく登ったのに、何で歩いて下っているんだとい うわけだ。 「そうだよ。まだまだ滑る技術がないんだよ」と心でつぶやきながら、先を行くし ず子さんと真壁さんの背中を追う。 鞍部につくと、さっそく板をつけて滑り降りる。いくら安全な場所まで来たとは いえ、視界が悪く飛ばす勇気はない。登ってくる人につっこんでも困る。ゆっくり ゆっくりと滑ったが、あっという間にリフト終点まで下りてしまった。 ゲレンデまで下ると、さすがに日曜日とあって、けっこう混雑している。昨夜か らずっと降り続いてるにも関わらず、新雪はほとんど残っていない。新雪という新 雪にはボーダーが滑り込んでいる。それでも、林間のわずかな深雪を探しながら滑 る。雪がさほど深くなく、ゆるめの斜面では少しずつ狙ったところでターンができ るようになってきた。狭い樹林帯もけっこう縫いながら滑れる。一度下まで滑り、 もう一本リフトに乗り、林間の深雪に挑戦。しかし、私のビンディングのワイヤー が緩んでしまい外れやすくなったため、少し早いが昼食にすることにする。 12時少し前にレストランへと入る。まだナベちゃんと伊藤さんの姿はない。とり あえず、二人を待つことにして行動食を食べる。しかし、なかなか二人はやってこ ない。そのうち、避難小屋で会ってナベちゃんにコースアドバイスをしていた彼が やってきた。真壁さんが聞くと、他のトレースは見なかったという。不安が走る。 真壁さんも言葉には出さないが、心配げだ。入口付近をしきりに気にしている。 時計を見ると12時半を回っていた。別れて2時間。「1時間、遅くても1時間半 で戻れるから」と言っていたナベちゃん。とおに戻っていてもおかしくない。あの 彼が言っていた、ジャクソンという岩場近くの雪崩の危険個所で・・・・。 そんな思いをかき消すように、真壁さんが「先に食べてよう」と言う。確かにだ んまりで待つよりはラーメンでも食べていたほうが気が紛れる。私としず子さんは レジへと食券を買いに行った。みそチャーシューメンを受け取り、テーブルに戻る 。3分で食べ終わる。そして、ラーメンの器を戻し、外に出てみる。やっぱり姿は 見えない。 テーブルに戻り時計を見る。もうすぐ1時だ。缶入りのミルクティを飲みながら 、3人とも黙ったまま。そのときだった。伊藤さんが目出帽をとりながら、入口と は逆からやってきたのは。 「伊藤さん、伊藤さん」 私は大声を上げていた。伊藤さんは軽く右手をあげると、ニコニコしながらやっ てきた。 「時間かかりましたね」 「うん。北壁とね、他をね、ちょっと滑ってきたんだ」 嬉しそうに答えた。 何はともあれ、真壁さんもしず子さんもほっとした表情を浮かべていた。 1時間半の休憩を終えると、私たち3人は、伊藤さん、ナベちゃんよりひと足先 にレストハウスを出た。真壁さんが私のビンディングを調整してくれた。 午後は東尾根を滑ることにした。リフト最上部から、ゲレンデを東へとトラバー スしていくと、広い一枚バーンがある。全員がそろうと、いつもながらナベちゃん と伊藤さんがかっとんでいく。伊藤さんはここ数日の滑りで何かをつかんだようで 「開眼した。開眼した」を連発し、いかにも気持ちよさでだ。 私もあとに続く。立ち木はほとんどないし、午前中のいいイメージがあったので いけそうな気がした。1ターン目はうまくいった。2ターン目もなんとか曲がれた 。しかし、3ターン目でこけた。ちょっとしたギャップにスピードを殺そうとした ためにつんのめり、前に飛んでいた。それでも、確実に私のスキーが曲がりだして いた。 「やっぱりゲレンデ脇の新雪と違いますね」 リフトに乗りながら私が言うと、伊藤さんはゲレンデ内は偽パウダーだからと言 った。真のパウダーというのは本当のオフピステのことをいうのだそうだ。圧雪さ れたゲレンデに積もった深雪はいくら30センチ、40センチとあっても偽物なのだ。 けっこう新雪が積もっていても、ゲレンデ内は下に硬い層があるため、強いターン などでその層まで板が届くと滑り心地はまるで違う。 実際、私もそれは感じていた。午前中のゲレンデ脇の新雪では強いターンをした とき、板は荷重した量に比例して雪面からの圧も跳ね返ってきた。だから、慣れる と新雪があってもエッジングは似た感じで大丈夫だった。それでけっこうスムーズ にターンができたのだ。しかし、真の深雪は違う。強く荷重すると、踏み込んだだ け板が埋まりバランスを崩したり、板が引っかかったりするのだ。いかに抜重し板 を浮かせて回すかが肝心だ。伊藤さんやナベちゃん、真壁さんの滑りはしっかりと トップが雪面から浮いていていかにも軽そうに回っている。 そこで、次はいかにスキーを抜重させるか考えながら滑ってみた。真壁さんに上 体が前に突っ込みすぎているとアドバイスをもらい、やや後傾気味に滑る。すると 、自然とポジションが変わった。体重はこれまでの前足よりも、後ろ足に乗ってい る。前足に乗ったままで後傾気味にすると、どうもバランスが悪いのだ。しかも、 後ろ足に乗ることで前足が浮いてくる。そして、その前足に乗り込みながら、ポジ ションを入れ替えると、これまでよりも楽に回った。 「これだ」 少しだけひらめきが走った。そして、直滑降で感じていた浮遊感とは少し違う浮 きの感覚を味わっていた。この浮遊感をもっと確実にからだで覚えれば、ショート ターンのきっっかけが見えてきそうだ。3日目、私はとてもいいイメージのまま最 後の滑りを終えた。 2月14日・・・・小回りの兆しが見えてきた 昨夜、ナベちゃんが札幌へと行き、最終日は午前中、4人でニセコアンヌプリス キー場を滑る予定だった。しかし、嬉しいことにペンションの中村和史さんが同行 してくれることになった。いつもどおり8時に食事をとると9時にチェックアウト 。 中村さんの運転でスキー場へと向かう。荷物をロッカーに預けると、ゴンドラで 一気に上へ。さらに一本リフトを上がる。相変わらず天気は今ひとつだ。下部では そうでもないが、上部では風が吹き荒れている。視界も悪く10mほどしかない。そ れでも、中村さんはさすがに地元。大沢の絶好のパウダーポイントへと導いてくれ る。リフトから西へとしばらく斜面をトラバースしていくと、徐々に風がなくなっ て広大な斜面が現われる。ダケカンバの木も少なく、いかにも滑りやすそうだ。 まずは伊藤さんが今日もトップで軽快に滑って行く。伊藤さん自身がいうように 、本当に開眼したような軽やかさだ。ビデオで見るテレマークの第一人者の滑りと 比べても遜色がないほどだ。続いて中村さん。さすがに地元なだけに年期を感じさ せる安定した滑りだ。 続いて私。昨日のイメージを思い出しながら、抜重に気を配りながら行く。2タ ーン、3ターン・・・・と、なかなかいい感じだ。しかし、やっぱり長くは続かな かった。斜面の半分ほど滑ったところで、バランスを崩し大ゴケ。すっかりコケ慣 れしたこと、雪が深いことで体に異常はない。しかし、右足の板が外れてしまった 。しかも、ビンディングのワイヤーのループに靴が入ってしまいいくらやっても抜 けない。結局、ザックを下ろすと、まず靴を脱ぎ、雪まみれにならないようにザッ クの上に足を乗せ、靴をビンディングのループから抜き取ってはき直した。 やっと靴を掃き終え下を見ると、なかなか下りてこない私を心配げに4人が見つ めていた。私は慌てて板を装着すると、気を取り直して滑っていった。 「だいぶいい感じだったね。マッチャンも開眼したね」 伊藤さんが誉めてくれる。私も少しばかりショートターンに兆しが見えてきた気 がする。 「やっぱり、マッチャンは神経がいいんだね。ふつうは4日でこんなに滑れないよ 」 伊藤さんは自分のことのように喜んでくれた。私も満更でもない。 少し樹林帯を抜けると、再び格好の中斜面が現われた。またも伊藤さんが先に行 く。今度はザックを下ろしてカメラを構えている。自分の滑りを撮ってくれるのだ と思うと、力が入る。そうなると、どこかバランスがずれてくる。その後、3回ほ ど伊藤さんがカメラを構えて先で待っていたが、その度にこけてしまった。きっと 、写真はこけて雪まみれの姿ばっかりに違いない。いつになったら、格好いい写真 を撮ってもらえるのか・・・・。 それでも、この日でだいぶターンの雰囲気はつかめてきた。今度は、私がみんな の写真を撮ろうと先頭を行ったときは、下までこけず、停止もぴっちり決まった。 「今の滑りはすごくしなやかだった」 後から下りてきたしず子さんに最上級のお褒めをいただいた。伊藤さんも、「マ ッチャン、いいよ。3月のコロラドでステップアップして、ジャクソンでパウダー の完成型だな」と語った。さて、どうなるか・・・・。 沢筋が近づいてくると、対岸の尾根にいくつか雪庇ができている。その中腹には ボーダーが滑ったシュプールが2、3本残っている。 「危険だな」 中村さんが言う。反対側の尾根は雪崩の危険があるのだそうだ。いくら滑る自信 があっても、そういう連中が入ることで、雪崩のことを知らない初級者がトレース について入ってしまう。事故が起こってからでは遅いのだ。 沢筋まで下りきると、下の吹き溜まりで女の子がこけてもがいていた。先で男の 子が心配そうに待っている。 「あっち側の尾根は雪崩の危険があるからいっちゃだめだよ」 中村さんが彼らに注意を与える。 しかし、彼らにそんなことが分かっているのかどうか。その後、さらに2本大沢 を滑ったが、その斜面のトレースはさらに増えていた。今のところ、本州ほどゲレ ンデ外を滑ることをきびしく規制していないが、彼らが雪崩の事故に遭えば、パト ロールも規制に乗り出すだろう。そうなれば、ニセコからパウダー天国が減ること になる。これからもパウダーを楽しむためには、危険をおかさないことも大切なの だと肝に銘じる。まー、人一倍そういう部分で私は臆病なので、雪崩と聞いただけ で尻込みしてしまう質なのだが。 さて、この大沢コースもここでほとんどパウダーはおしまい。あとはだらだらと 沢沿いを一直線に滑りゲレンデへと合流。 2本滑って、時計を見ると11時20分。何とかあと1本行けそうだ。いよいよ最後 のニセコ、気合いを入れて大沢へと滑り込む。しかし、気だけがはやり、2本目ほ どうまく滑れなかった。でも、気分は晴れやか。 12時過ぎにレストハウスに戻ると、オムライスを食べながら4日間を振り返る。 我ながら大きな一歩だったと思う。この3泊4日のニセコパウダー修行は3月のア メリカ行きにつながる確かな手応えをくれた。 昼食を終え、着替えを済ますと13時半のバスに乗り込む。バスの中は暖房が弱く 、足元がスースー寒かったが、心地いい疲労感で眠気に誘われてながら新千歳空港 へ。空港には16時半に到着。18時10分の飛行機で帰郷となった。 松倉一夫/Kazuo Matsukura